歯並びのきれいな女の子、について、
いくつか書き記しておこうと思う。
書いた当時は、
歯並び〜のおもしろさがまったくわからなかった。
まわりが褒めてくださるたびに、
そうなんだぁ、へー、と他人事のようにとらえていた。
いまも、ちょっと、むずがゆい。
戯曲講座の中でうまれた、というその出生がそう思わせていて、
泊さんがそこに深くかかわっている、というだけでなく、
南参さん、弦巻くん、しゅうやくんにメッコメコにされながら生まれた子なので、
どうしたって、自分ひとりでは書けなかったと思っている。
ひょっとしたら、彼らが産婆さんだったのかもしれない。
歯並びのきれいな女の子、という作品は、
きっと、わたしより、
彼女のいいところを知っているひとがたくさんいる、不思議な作品だと思っている。
俳優、スタッフ陣、お客様、
きっと、わたしより知ってるところ、あるひといっぱいいる。
それでいいと思う。
とても、幸せな作品だと思う。
作家しか、演出家しか、知らないことももちろんあって、
けれど、
ここが彼女の、よりへんてこなところで、
わたしはすべて知らないのだ。
半分は泊さんが知っていた。
半分はわたしが知っていた。
それに気づくまでに、ここまでかかった。
やっと子離れできるなーと、
父と母は酒を飲み、
わたしの歯並びのきれいな女の子、は、
やっと、終わりました。
また誰かに愛されますように、
と、今は思います。
うまく言えないけど、
ひょっとしたら、
愛してくだすったお客様の手で、
歯並びのきれいな女の子は、大きくなるのかもしれません。
そういう子かもしれません。
彼女の行く末は、ずっと見ていようと思います。
また会える日を楽しみにしているよ、
歯並びのきれいな女の子。